楓の風とは?

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サービス精神

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楓の風・サービス精神

私たちは、レクリエーションを「生活の快」と考えています。人間が生きるための要素は沢山ありますが、その中でも「生活の快」(生きる喜び)を感じることは非常に大切です。

人はこの「生活の快」を感じられなくなると、まず精神面が崩れ無気力になり体を動かすことが嫌になります。体を動かす場面が減少すると、身体面が崩れ体を自由に使うことができなくなります。体を自由に使う場面が無くなると、社会性が崩れ、人間らしさを失ってしまいます。これが健常者であれば、自分の力で生活の快を再獲得することが可能ですが高齢者、障害者になってしまうと、生活の快を得るための阻害要因が多いため再獲得するどころか逆に失ってしまうのです。

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では、「生活の快」を与えればいいということになりますが、これは人によって感じ方が大きく違うのです。「自然を眺める」「汗をかくぐらい体を動かす」「友人と会話を楽しむ」など、千差万別です。

この利用者によって違う感じ方・阻害要因(心身疾患、家族問題・経済困難、社会性の喪失)を把握した上でリハビリ・入浴・ゲーム・行事・創作活動というサービスをそれぞれの方に合わせて提供します。

私たちのサービス全ては利用者が在宅生活に戻ったとき、自らの力で「生活の快」を得て頂きたいという願いなのです。また、私たちのサービスは施設にいらっしゃる方だけではありません。もう一つのサービスに地域交流があります。

高齢者の方から「昔は良かった...。」というお話を聞いたことはありませんか?この言葉には、どんな意味が込められているのでしょうか。それは人との触れ合いや交流、人の温かさではないかと私たちは考えています。

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近年、核家族が叫ばれており、その家族のひとつひとつを見ても絆やコミュニケーションが減少しているのは明らかです。このような状況では地域交流を図ることは困難です。私たちは子供から高齢者までがひとつになる地域交流コミュニティーを創るお手伝いをしたいと考えています。

誰もが通えるデイをつくる!

私たちはこれまでデイサービスへの通所を拒否する要介護者を目の当たりにしてきました。 通所を拒否するのには理由があり、そしてその理由をご本人の心の中から引き出すために、多くの活動を行いました。その結果、「子供っぽいことをさせられる」「歌なんか歌いたくもない」「老人ばかりだ」「私は痴呆じゃない」など、様々な理由を伺うことができました。

「もういいんです」と、おっしゃる方もいます。この言葉は「放っておいてくれ」とも「そっとしておいてくれ」ともとれます。関わりを持つ中で「生きる」という気持ちが乏しくなったために、そのような発言をしてしまうという結論に達しました。

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つまり、様々な疾患や障害、あるいは経済的理由で、「生活の快」を自分自身で作ることが出来なくなった人たちなのです。その方にケアマネージャーや相談員、あるいは家族から「生活の快」をもう一度味わってみませんか?という提案が必要なのです。

そのプレゼンテーションを進める中で重要なのは「建て前やきっかけ」です。医師の集団検診、歯科医師の登場、リハビリテーションの日、老後のための社会見学に行くこと...など、その人にとっての「きっかけ」があればきっと来やすくなるはずです。

その提案や「きっかけ」を踏み違えると、家族はおろか相談員やケアマネージャーの話も聞き入れなくなってしまいます。ご本人の気持ちをきちんと聞く前に、サービスの説明ばかりされても、「行きたくない」と言うより「おまえに俺の気持ちが分かるか!」と言われてしまう光景を数多く見てきました。

また、施設側に魅力があるかどうかも重要です。行きたいと思うきっかけとなる趣味や仕事、特技などが活かせるプログラムを準備することが必要になります。そのためには、全能である必要はありませんが、ある程度ニーズに適ったボランティアを知り、それを活用できる柔軟性と社会性を持ったスタッフが必要です。

家族やケアマネージャー、デイ相談員と連携し、提案を行うことで、必要のあるご利用者様が「よし、行ってみるか」と思って頂けるきっかけになるのではないでしょうか。

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サービスの提供に当たっては、スタッフの姿勢も重要です。スタッフが大の先輩であるお年寄りに対し、「先生」になってしまっている光景を大変多く見かけます。一体、何を持ってして偉いのか不思議な光景です。

ある講演会にて「介護は家族にとってもご本人にとっても恐怖であり、私達サービス提供者はその恐怖を軽減させるビジネスなのである。そしてその恐怖はご本人や家族にしか分からず、職員はその恐怖を見ることはあっても味わうことはない。にもかかわらず天狗になっても良いのか」というお話がありました。

人は親に育てられ、そして社会に貢献し、子供を育て、頑張って生きてきて、やっと自分の幸せを楽しむときに老いや疾患、そして障害と戦わなければならないのです。その先輩に対し「●●ちゃん」などと呼んだり、「こっち来て!」「それはだめ!」など叱ったり、子供のような遊びをさせるサービスのどこに行きたいと思える根拠があるのか、今長きにわたって続けられてきた日本の福祉をじっくりと考えなければなりません。

写真潜在的にサービスを求められている方は沢山います。「デイサービスに行きたいのに行けない」方たちです。在宅で人生の最期を迎えようと療養されている癌末期の患者さん、重度の難病を抱えた方、デイサービスに重度の障害のため断られてしまった方でも、人は外に出ていってナンボと考えている私たちにとっては、ちょっとした工夫でいくらでも外出できると思っています。

実際に、数多くの重度の障害を持った方々が楓の風デイサービスに通われています。せっかく自宅に帰ってきても、いつも天井ばかり見つめているのでは病室と何ら変わりません。

人工呼吸器がついていようと、点滴中であろうと、主治医や訪問看護などと連携させていただき、充実した在宅療養を支援させて頂いております。

「デイ=老人幼稚園」ではありません。デイとは、老化や病気、障害などでハンディを抱えてしまった方のリハビリテーションと社会参加を支援する施設だと、私たちは考えております。人間であるならば社会参加は必要不可欠であり、それを実現出来る介護サービスはデイだけだと考えています。どんなゲームをやるか、どんな歌にするかよりも、まず人間としての魂の健康を重んじ、心のリハビリテーションが必要であるという理念を持った施設でありたいと考えます。

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そして、その考え方を基礎としながら施設を熟知した相談員がじっくり対話し、ご本人が望むこと、家族が望むことを調整し、希望を見つけて頂いた上で参加して頂けるようなアプローチを行い、期待を裏切らぬよう現場スタッフへの確実な申し送りを行い、プログラムを準備・実践し、回を重ねてセンターに通う喜び、そして生きる喜びにつなげていける。

楓の風はそのような施設を造るお約束をします。