楓の風グループについて

ホーム > 楓の風グループについて > 楓の風 在宅ホスピスのご説明「家に帰りたい、全ての患者様へ」

  • はじめに
  • 家で過ごすことをお勧めする理由
  • 在宅ホスピスケアとは
  • 限りある日々に必要なケアとは
  • 私たちは山登りのシェルパ
  • 在宅ホスピスケアの7つの特徴
  • 退院までの準備
  • ご相談から在宅療養開始まで
  • ご家族のお言葉
  • 患者様のお言葉

1.はじめに

皆様は、今、たくさんの不安を抱えていらっしゃると思います。

「こんな不安定な病状で家に帰れるかしら?」
「急に病状が変わったらどうしたら良いかしら?」
「自分に世話ができるかしら?」

長寿は、人々の願いです。そして日本は世界一の長寿を手に入れました。しかし、それでも永遠の命はありません、死なない人もおりません。
私たち楓の風は、2007年の開設以来これまでに、2000人以上の在宅療養生活をお手伝いさせていただきました。そして500人以上の方が、在宅での生活を続けられご自宅で最期を迎えられました。私たちは、人には自分の力で最期を迎える力があること、ご家族には、最後を見届ける力が備わっていること、そして、そこには得難い幸せもあることを、たくさんの方々の最期から教えていただきました。だからこそ今、長寿の次に日本が目指すのは、幸せな最期であると考えています。

私たちがお手伝いさせていただきます。ぜひ、勇気をもってご自宅へお帰りください。

2.なぜ私たちが最期まで家で過ごすことをお勧めするのか?

「病院死」とはどういうことか?

現在日本では8割以上の方が病院で臨終を迎えています。それを当たり前と考えていると言えます。
しかし、改めて考えてみましょう。あまりにも当たり前ですが、まず、病院とは、基本的に病を治すことを目的とする場所です。病院は、病気を治すことにおいて、その専門性が高い場所です。したがって、病院での死は、病気を治すために入院し、最善の治療を行い、しかしながらその甲斐なく、やむなく迎えた死ということです。
聖路加病院名誉院長の日野原重明先生は、御著書の中で「いよいよ人が死ぬとなると、その8割は病院で亡くなっている。白い壁に囲まれた病室、それも重症であればあるほど個室に入れられて、そこで面会謝絶となり、友達は孫はおろか、配偶者や子供も入ることができない。それを見て、私はこれが医学のできる最高のものかと、非常にいぶかしく思う。人間が死ぬときには、どんな人でももっとも最悪の状況のうちに死ぬということを私は50年間みてきた」(命を見つめて)とかかれいます。いかがでしょうか?慣れ親しんだご自宅でこれからの時間を過ごすことを考えてみませんか?

それでもなぜ、多くの人は病院で最期を迎えているのでしょうか?

今でこそ、当たり前と感じられる「病院死」ですが、実は、ほんの50年前には、80%以上の人は家で死を迎え、病院ではなく、在宅での看取りを「当たり前」と感じていました。
この看取りの場の逆転が起きたのは1976年です。わずか35年前のことです。病院の増加、国民皆保険、核家族化、女性の社会進出等という様々な要因を背景として、看取りの場は、在宅から病院へと変化して行きました。
死が家庭における出来事であった時代、子どもを含め人々は、自分の親や肉親の死を身近に体験してきました。しかし、病院での死が多くなるにつれ、死は家庭から切り離され、家族からはなされ、人々が死を身近に体験することが極めて少なくなって行き、病院死を当たり前と考えるようになりました。人々の当たり前は、社会の変化の中で家から病院へと変化したのです。死は医師や看護師のリードするところとなり、家族は後方へ退かされた形になりました。身体の症状に目を配り、医療を施すことにより、人の生命と健康を復活させようとする医療者にすべてをゆだねることが選択されるようになったのです。
そして今、人々は人の死を知らない、知らないということの不安にこたえるものとして、「最後まで医療によって管理されることを望む」結果となったと指摘しています。

「死」は人生の一部として、誰でもいつか通る正常な営みである

死なない人はどこにもいません。死は誰にでも訪れます。それはこの世に生を受けたときに決まっていることです。永遠の命はないということです。
死は生の最後に必ず訪れる正常な変化なのです。そう考えると、病院という、『異常』を見つけ、検査し治療する『正常化』のための場所において、生命にとっては『正常』な現象であるはずの死を迎えているという、何とも不自然な様子が見えてきます。医学の進歩、病院死の一般化は、「死」が生命にとって正常な営みであるこさえもと忘れさせてしまったと言うことです。

人生の中に、生きていることの延長線上にある「死」ととらえたとき、「自分の人生」を「自分の居場所」で過ごすそれがとても普通のこととして見えてくるのではないでしょうか。家は生活する場であり、それぞれおひとりおひとりの基盤となる場所です。自分らしく生きる場としては、家以外の選択肢はないと考えるのは自然のことです、残された限られた時間だからこそ家で慣れ親しんだ物や思い出に囲まれ、ご家族や親しい人と一緒に過ごすことが必要と考えます。
在宅療養で看取りをされたご家族は、その経験を「幸せな時間でした」と話されます。そして、これからの自分の人生を生きていくかけがえのない時間となったと言われます。私たちは、おひとりでも多くの方に、この大切な経験をしていただきたいと考えています。

3.在宅ホスピスケアとはどんなケアなのか?

ホスピスというと病院の一部に併設された末期患者が入院するための病棟を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、本来ホスピスとは建物を指す言葉ではなく、また病院の一部を指すものでもありません。
ホスピスとは、「全ての人は死にゆく平等な存在である」という考え方を基本として、少し先になくなる人を、少しあとからなくなる人が見送るということです。「死を自然なこととしてとらえ、不自然に延命するより、苦痛を緩和し、人間らしい生を援助しよう」「自らに残された短い時間の意味を見出そう」「その時間を十分に活用しよう」というケアの精神を表す言葉です。そしてその基本となるのは、痛みや苦しみを取り除くことだけではなく、時間的に長く生きることに価値を置くのではなく、互いの生きている今という時を豊かに、大切にしあうということです。
私たちは、単に家で最期を迎えることを目指すのではありません。生きている患者様そしてご家族様の今を大切にし、自身の人生を振り返り生きた意義を見出し、大切な人、大切な物、大切な思い出とのつながりを実感する時間とすることです。そのために私たちは手を差し伸べ、体に触れ、声をかけ、耳を傾け続けます。そして、毎日の変化、これから病状がどのように変わっていくのか、ご理解できるまで丁寧に詳しくご説明します。そしてその中でどう日々を送るのか共に考え、提案いたします。ご利用者様は、病院ではなく、ご自分の家だからこそ、たっぷりある時間の中で説明を受け、医療者と共に考える時間を持つことにより「今の状態が良くわかった」と良くお話されます。

4.限りある日々に必要なケアとは何か

医師から「これ以上の治療はできない」と言われた時、とてつもない悲しみ、怒り、そしてむなしさを抱えられたと思います。それでも、もう一度考えてみてください。
人には、創造価値、体験価値、態度価値の3つの価値があると言われています。
創造価値とは、何かを作り上げることです。作曲や小説を書くこともそうですが、家族のために料理をし、熱いお茶を入れるのも、誰かに「ほっとした」という価値をあたえています。
そして、体験価値とは、何かを体験することによって実現される価値のことです。自然や芸術に触れる体験,人を愛する体験,人に奉仕する体験など,外部から何かを受け取ることによって実現される価値です。美しい夕日を見たり、素晴らしいコンサートを聴いたり、「生まれてきて良かった」と感じることです。そしてとくに「人と人とのつながり」の体験は「自分を必要としてくれる人がいる」,「自分も役に立てる」という価値を実感させます。
最後に、態度価値です。これは、自分自身ではどうしようもない状況,変えることのできない運命に直面した時,その窮状に対してとる態度によって実現される価値のことです。がんの末期である場合もこのような状況と言えるでしょう。たとえ、創造価値と体験価値の両方を奪われてしまったとしても、この態度価値だけは奪われることはありません。
これまでの人生を思いだしてみてください。人生がたくさんの価値で満ちていたことを感じられませんか?そして、今の自分の周囲を見回してください。そこにもあなたの人生の価値が見えてきませんか。そして苦しい今だからこそ発揮できる価値が輝いています。人の人生は最後の最後まで価値があり、そして意味があるということです。
楓の風の在宅療養支援は、これらの人生の価値をあきらめることなく最後までご一緒に紡いでいくことです。介護を受ける、世話を受ける存在としての日々を生きるのではなく、
あなたの持つ力を発揮し、価値ある日々とすることが私たちの支援です。

在宅療養の「在」を私たちは、あるがままと読みます。

「在宅介護支援」という言葉を良く目にされると思います。私たちはあえてこと言葉を使いません。なぜなら私たちは「介護」を支援するのではなく、在宅療養を選択された方々の「生活」をご支援したいと考えるのであり、「介護」という「お世話」を支援するのではないと考えるからです。
そして、在宅療養の「在」を私たちは「あるがまま」と読みます。在宅療養は、患者様もそして、ご家族様も「あるがまま」で良いのです。「あるがまま」にあるためにこそ在宅療養を選択されたと考えています。医療処置や介護に縛られることなく、自分の持てる力の中で、それぞれの家族の役割りを発揮しながら、できるだけ「ふつう」に生活する。それが「在」あるがままです。

5.私たちは、山登りのシェルパです

病院死が当たり前の時代となり、在宅での看取りは多くの人にとって経験もなく想像もつかないこととなりました。経験のないことを不安、恐怖と感じるのは当然のことです。
人は生まれた時から強さを持ち合わせているわけではありません、例えば私たちの強さは喪失という危機を通して覚醒されます。その危機とは、障害であり、病です。私たちはその覚醒された力がしっかりと根ずくように手伝い、行く先を案内する、シェルパであると考えています。私たちは、500人以上の方々の在宅での療養と最期をお手伝いさせていただいた経験から、皆様の在宅療養という未知なる旅のシェルパとして共に歩みたいと願っております。

① キュア

もちろん痛みや苦痛は医療知識技術を用いて、最大限に取り除きます。現在、緩和医療に関して、病院でなければできない医療はありません。家にいても入院時と同様の緩和医療を受けることが可能です。そのために、患者様とご家族の毎日の生活を身近なところで見せていただきながら、最適な薬の利用やより効果的な方法をご提案します。

② ケア

家での療養、家での介護という初めてのことに戸惑うことがないよう、おひとりおひとりに合わせ、病状に合わせたご説明とご指導を行います。単に体の御世話ではありません。私たちはお体を拭いたり足を洗ったりすること以上に、患者様ご家族様の療養と介護の意義や意味を語りあい、これまでの人生を共に振り返りかけがえのない自分自身の価値を見つめていただくことに心を砕き、限りある時間が意味ある、より良い時となるよう、皆様と十分に向かい合い、話合います。それこそがケアの本質であると考えます。
限りある命であろうとも、残された時間に心を砕くのではなく、今日を生きている仲間として共に今日の可能性を探しましょう。

③ 環境調整

単に患者様に対するケアだけでなく、ご家族やその療養環境にも配慮し、限られた時間を、療養と介護の時間にせず、毎日の生活の制限を最小限にし、自由を最大限となるよう配慮し、負担の少ない介護の方法をお伝えし、便利な道具や器具をご紹介します。
患者様にとっても少しでも楽にご自分の力で日常生活ができる方法をご提案します。

④ 仲間を増やす

単に訪問看護を提供するだけでなく、医師との連携、他のサービスとの連携により療養生活の負担を軽減し、患者様ご家族を支えるチームを作り円滑にサービスが受けられるよう調整をしていきます。在宅療養においては、患者様、ご家族様の望む毎日、望む生活をかかわるサービスのスタッフが十分に理解しお手伝いさせていただくことが大切です。私たちは皆様望みをかかわるスタッフに的確に伝え、十分なケアのできるチームを作り調整していきます。終末期においては、疼痛緩和などの医療技術以上に「心温かい存在がそばにいること」が大切であり、その存在こそが助けになると言われています。
私たちは、心温かい存在として皆さんと共に在る仲間を作ります。

訪問看護を受けられて、自宅での看取りを終えたご家族はみな「自分達の力で最期をみとることができました」と口にされます。
そうです。人の人生の最期は医療が看取るのではありません。看取ることができるのはご家族、そしてこれまでの人生で触れ合った仲間なのです。

いかがでしょうか?
在宅療養を選んでみようというお気持ちに少しはなっていただけたでしょうか?

それでも、全てのご不安を解消することはできないかと思います。しかし、少しでも在宅療養を考えてみようというお気持ちをもたれたら、まず歩き始めてみることだと思います。

最期までご自宅で療養され、在宅で亡くなられた方々も、みなさん迷われていました。
迷いながら歩んで行かれました。ご本人もご家族もお気持ちが揺れるのは当然のことです。
その迷いに寄り添い、共に歩くのが訪問看護です。私たち楓の風では、たくさんのホスピスケアの実践を通して、患者様、ご家族様のお力になれる訪問看護とは何かということを探求し、そして教えていただきました。それらを一つづつ形にしたのが現在の楓の風です、楓の風にはたくさんの亡くなられた方々の教えによりほかの訪問看護では得ることのできない利便性や、ケアの質が蓄えられ形となっています。

6.楓の風の在宅ホスピスケアの7つの特徴

① 迅速な対応

総合相談部を設け、在宅療養のご相談が一つの窓口で可能です。電話一本で迅速に訪問診療、訪問看護、ケアマネジャーの手配ができます。

② 高度な連携体制

訪問診療、訪問看護・ケアマネジャーが、いつでも連絡が取れ話合いのできる同一施設内で一体的にサービス提供をしているので連携の取れた医療を受けることができます。

③ 柔軟な対応

もちろん、これまでかかってきたいつもの医師の往診を望まれたり、なじみのケアマネジャーさんがいらっしゃる場合は、従来の医師、ケアマナジャーさんをそのままご利用されながら、楓の風の訪問看護をご利用されることも可能です。私たちはこれまでに 100か所以上の医療機関様、200人以上の医師の皆様、500人以上のケアマネジャーさまと連携しながら訪問看護を行ってきております。十分な確実に十分な連携を取らせていただきます。

④ 万全な24時間365日体制

緊急時の対応も、24時間365日必ず看護師が電話を受け、夜間休日も訪問を受けることができます、また看護師の判断により必要時は主治医に連絡を取り、往診を受けることが可能です。

⑤ 自分らしさを支える充実の医療

訪問専門の看護師、訪問専門の医師が多数在籍しておりますので、外来の混雑などの影響を受けることなく、安定的に十分な医療を受けることが可能です。また、単に家で療養ができることを目指すのではなく、家にいるからこそ可能となる、自分らしい生活を共に叶えることを目指しています。

⑥通所サービス併設

重度者対応の通所介護も一体的に運営しております。家で寝ているだけの療養生活、家族が抱える介護、ではなく、仲間と共に良い時を過ごすこと、家族も休み休み介護を行うことが可能です。

⑦ 安心のバックアップ体制

在宅療養中の病状の変化にも、併設されたクリニックにおいて速やかに各種検査受けることができます。また、連携先病院も複数ございますので急な入院希望でも入院先に困ることはありません。

7.退院までの準備

① 入院中の病院の相談室にご相談ください

現在入院中の病院の相談室や病棟の看護師さんに楓の風の訪問看護を相談ください。
それぞれから楓の風に連絡が入り、状況をお伺いし受け入れのお返事をさせていただきます。

② 相談するところが解らない場合は、直接楓の風へのお電話でご相談ください

楓の風の総合相談にお電話でご相談ください、状況をお伺いし受け入れのお返事をさせていただきます。

■総合相談部 042(788)1231
町田・多摩・横浜・川崎 共通(対応エリア順次拡大)
利用相談は 月~金 9:00~17:30受付

③ 訪問看護だけでなく、訪問診療も必要な場合は、併設する3か所の在宅療養専門のクリニック及び連携する数多くの在宅療養支援診療所をご紹介させていいただきます。

④ 入院先の病院をご訪問し、ご本人、ご家族とお会いし退院後の療養生活の準備をご相談します。ベッドのレンタル、必要な医療機器の準備、各種介護サービス等の準備を迅速にコーディネートさせていただきます。

⑤ 入院中の病院から、医療看護の申し送りを受け、継続したケアが提供されるように準備いたします。

⑥ 退院日をご相談の上決めます。最短で午前中の相談の場合、当日の午後には退院可能となるよう在宅側の万全な準備が可能です。

8.ご相談から在宅療養開始まで

Q1 本人には病名を告げていないけれど在宅ケアができるのか?

現在入院中の病院の相談室や病棟の看護師さんに楓の風の訪問看護を相談ください。
それぞれから楓の風に連絡が入り、状況をお伺いし受け入れのお返事をさせていただきます。

Q2 家で亡くなると警察による検死になると聞いたが本当か?

在宅医療で定期的に往診医の診察を受けていれば、検死になることはありません。掛かりつけの往診医が死亡後に診察をし、それまで診てきた疾患による死亡だと判断すれば、病死として死亡診断書を書けます。

Q3 年老いた自分しか介護できる人がいないけれどできるのか?

病院の看護師と同じことをしようと思えばそれは無理でしょう。しかし介護をするのではなく、一緒に生活すると考えてはどうでしょうか?生活の仕方は千差万別、自分達の生活の仕方で良いのです。
寝たきりになる期間は短期間です。亡くなるその日までトイレにもご自身で行かれる方もいらっしゃいます。介護が必要になれば頼れるサービスはたくさんあります。
特に楓の風では、寝たきりの方や重度の医療処置を必要とする方、末期の方にご利用いただける通所介護をご用意しております。月曜~金曜の望む日にご自宅へお迎えに行き、
一日を過ごしていただくことができます。患者様には、仲間と楽しく過ごしていただき、
ご家族はその間に疲れを癒したり、気分転換の時間を持つことができます

Q4 急変したらどうしたら良いのか

急変が起きないように、自然の死のプロセスの中で、衰えていくのは正常です。
そうできるように医師や看護師は可能な限り予測をし、回避していきます。
それでも、風邪もひくかもしれません、こじらせて肺炎になることもあるかもしれません。
その時は、一時的に入院することも可能です。家でそのまま肺炎の治療をすることも可能です。多くの医療は今在宅でも十分行えます。
楓の風はそんなときのために、訪問診療を行う医師と看護師がチームを組み治療を行います。訪問中は医師も看護師もあなた専用の医師で看護師です。

Q5 家では十分な医療が受けられないのではないか

治すために医療と考えた時には、在宅での医療は病院の医療にはかないません。多くの検査は病院でないとできませんし、手術をすることもできません。しかし、今の病状は、
「これ以上の治療はできない」と判断された今必要なのは、高度な医療ではなく、温かなケアと適切な医療なのです。

Q6 家族に負担をかけたくない

病気になってももちろん家族の一員です。だからこそ「誰かに負担をかけたくない」という思いやりが生まれるのです。でも本当に介護は負担という負の要素だけなのでしょうか?私たちはたくさんのご家族を見てきて、介護を受ける人が実は介護をしているご家族にたくさんの物を与えていることに気付かされます。私たちはこれをファイナルギフトと呼んでいます。人はみな老いていくこと、人はいつか死を迎えるということ、あたり前でありながら、日々人は忘れていることを目の前で見せてあげることができる最期の教えではないでしょうか?そして、子供には「親孝行」という恩返しの機会を与えることにもなります。

9.楓の風の在宅ホスピスをご利用されたご家族の言葉をどうぞお読みください。

ご主人をご自宅で看取られたH様のお手紙

主人だけでなく私の体のことまで心配していただき、ありがとうございます。
悲しみはもちろん今だにありますが、教えていただきながら私たちのできることを精いっぱいできたこと、主人と子供たちと一緒にいられたことが、今では一番の宝になっております。

幸せなひと時
夫も私も幸福でした
夫は無論ですが、介護した自分自身が幸せだった

奥さまをご自宅で看取られたK様の介護の様子

肺がんの診断から3年、急に食べることもあることもできなくなり受診、検査の結果、がんが脳に転移しており主治医から余命1ヶ月と宣告され大変落ち込みました。入院後1ヶ月を過ぎ医師から転院を勧められ、転院先は1日27000円と言われとてもそんな高額な支払いはできないと困惑し妻に相談したところ、妻は「自宅に帰りたい」というので、子供にも相談し自宅に帰ることにしましたが、内心は不安でいっぱいでした。
電動ベッド、車椅子をレンタルし、ヘルパーが1日3階、往診医が週1回、訪問看護が週2回家に来てくれ様々な世話をしてくれた。
妻の食事は私が全部作った。妻の食事を終え自分が食事をとるのはいつも8時を過ぎていた。そして一番大変だったのは夜のおむつ交換だった。
そんな中友人に言われた「Kさん、おもいっきり介護してやれば、亡くなった時でも涙は出ないよ」本当にそうだった。
妻は眠るように静かに何も言わずに息を引き取った。私から見れば、妻は最高の死にぎわだったと思っている。妻の介護を支えてくれたサービスの方々、そして若いころ一緒に子育てをし、一緒に年を取ってきたとなり近所の方々に感謝の気持ちでいっぱいである。

鬼頭様

胃がんで治療のための入退院を繰り返し、これ以上の治療はできないと言われ、在宅療養を始められました。
同居されていたご長男様の言葉です。

最期は家族が見守る中、静かに息を引き取りました。
その日のことは今でも鮮明に覚えていて、母が緒先祖の墓参りをして「どうか安らかに最期を迎えさせてください」とお願いして帰ってきた直後に息を引き取りました。
振り返ってみると言えにあるハンガーを使って点滴のスタンドにしたり、戸惑いながら点滴の管を交換したり、在宅での療養・介護というのは確かにつらい部分もありますがそれと引き換えに施設に入っての療養では見えてこない部分が多くありました。
父にしてみれば、本心はもう一度病院で再治療を受けたいと思っていたかもしれません。
それでも、「やっぱり家はいいなー」と良くつぶやいていました。
今思えば、あの期間というものが自分にとって、父のそれまでの行き坐作について深く静かに考えることができた時間だったと感じています。あれほど壮健だったからだが日に日に弱ってくること、腕や足が徐々に補足なっていくこと、だんだんと声が出せなくなること、そのことを肌で感じながら、父からいろいろなことを教わったような気がします。
大切な家族が老いていくこと、そして最期を迎えること、このことを日常から切り離すのではなく、自宅で家族が寄り添うことができること。あの日々のおかげで3周忌を過ぎた今でも素直にいろいろと父と会話ができているような気がします。

S様

多系統萎縮症と診断され、病状が進行し、誤嚥性肺炎で入退院を繰り返し、その後在宅療養を選択され、奥様は、お仕事を続けながら寝たきりで痰の吸引を頻回に必要とする ご主人様を最後まで御世話されました。

経済的な理由から働きながら自宅で介護していく道を選び、平成21年5月、介護生活がスタートした。毎日の訪問看護師、週3回のデイサービス、ヘルパーも1日2回利用してきました。それでも、2~3時間おきの吸引、点滴、酸素吸入、尿パックの管理などで心配事は色々ありましたが、主人は笑顔で「大丈夫、心配要らない」って言ってくれました。それでも、主人の苦しい息使いが終始絶え間なく聞こえてきて気が休まらない日々の連続でした。そんな日々の中、毎朝、看護師が訪問し、病状を見てくれることでホッとしていました。
そんな中で、何度目かの誤嚥性肺炎を発症し、また、入院か、と肩を落としましたが、看護師から「診察に行っても、入院しないって言えば自宅へ帰ってこられますよ、病院にいても自宅でも、行える治療は一緒です。大変かもしれないけど、家族の側にいるほうがSさんの心の平安のためにはいいのではないですか」と提案されました。病院の主治医からも「Sさんは入院を希望されないんですよね。本当だったら即入院なんですけど、自宅でも、病院でもやることは一緒ですから」と言われ自宅に帰りました。
その後も肺炎を繰り返しました。主人も呼びかけに応じられない時が増えて、あまりいい状態とは言えなくなり。ある朝、ほんのわずかの時間目を離して、まくらもとに戻ると主人は息をしていませんでした。訪問看護師さんに連絡してから来てくれるまでとても長く感じられました。あれほど自宅で終わらせると決めていても「早すぎる!」と思えて仕方ありませんでした。
看護師さんが来て、一緒に体をふき、お気に入りの洋服にきがえさせ、とても穏やかな顔になった時にはホッとしました。「お父さんはやっと楽になったんだ、無理に引き止めても苦しい思いをさせるだけ、寂しい思いをさせるだけ、家で終われてよかったね」と自分にも言い聞かすことができました。
主人にはいつも感謝され「お前にはありがとうと言っても足りないくらい世話になったな、口がきけるうちに言っておくよ」と何度も言っていたあの言葉がいつも心の中に残っています。「大好きだよお父さん」と言ってハグすると、ニコッて笑ってくれた主人。病院じゃなかなかできないハグも家だからできたと思います。これから残されて生きていく私のために主人は大切なあたたかい心を残していってくれました。

I様のお嬢様

末期を奥さまの介護を受けご自宅ですごし、奥様の休養のために凪を利用され、最後はご自宅ではなく凪を選ばれて最期を迎えられたIさんの娘さんの言葉です。

凪に通うのを父はとても楽しみにしておりました。病状が悪化してからも、凪に行くことを望んでいました。そして最期も家でなく凪を選びました。最期の場が家だったら家族だけでしんみりしていたと思いますが、その日も凪はいつもと同じの雰囲気でみんながいつも通りに賑やかにされていた事で救われました。
送迎を終えたスタッフの皆さんは全員で演奏をして歌を歌ってくださいました。凪の皆で作詞、作曲したいつもの歌です。「諦めてきた想いを 君と叶えたいよ もう一度…君が笑顔になれば幸せで ありのままで良いからそのままで」私にとって生涯忘れられない曲になりました。
父の余命を知らされてからの1年。私はこれまでにないくらい、父との濃い時間を過ごすことができました。父を通じ、人の温かさにたくさん触れることができました。

看護師さんが最期の場所をどうするか話された時、実は家に帰ろうかと一度考えていました。でも、これで良かったと思います。孫たちもみんな集まった時に息を引き取りみんなで看取ることができました。そして凪の皆さんに歌で送っていただきあんなに幸せな最期を送ることができました。本当に良かったです。

S様

膵臓がん末期の母親をご自宅で介護し、在宅での看取りをされた娘さんからのメール

母の最期の1ヶ月をご支援いただきありがとうございました
父を支え、私と弟を育て、ご近所の方やお友達にも自分から何かをして差し上げることの多かった母が、最期の1ヶ月は、家族やご近所の方やお友達から「してもらう」という恩返しを経験し、穏やかで楽しい時間を過ごすことができたように思います。

大学病院を退院する時に、他の家族は家に戻ることには反対していました。
病院にいたほうが安心だ、病院にまかせた方が安心だと言われました。
その家族も今では、母のお別れに来て下さった方々に「家に来てくれる看護がすごくよかった」「訪問看護といういい制度がある」「家に帰ってきたら元気になった」「家で最期まで過ごせてよかった」などと口ぐちに話していました。びっくりです。
これは来ていただいたのが楓の風だったからなのだと思います。
そして、みなさんとの出会いは神様が母にくれたプレゼントだと思っています。
そしてクリスマスのイルミネーションは最高の思い出になったことでしょう。
仕事ばかりで母のことを顧みなかった父にも、もちろん私にも 5日の晩の外出は本当に大切な時間です。これからもっとその時間のありがたさが身に染みてくることと思います。

母が弱ってくること、家で看取ること・・ものすごい不安との戦いでした。
でもみなさんのお力をお借りし、支えていただき、私にできることは全てしてあげることができました、何もくいはありません。

10日月曜に母は、この家から出発です。

音声で読み上げる

10.患者様のお言葉

癌は自分自身なんだから、やっつけちゃいけないのよ。
「おとなしくしといてね」って言い聞かせて共に過ごすの。

旦那が「おまえはよく出かけるな」って言うのよ。
でも、友人を励まして回らなきゃ癌になった意味がないのよ。

癌で良かったと思う。
脳卒中とかでコロッと死んじゃったら、今みたいに生きている事自体に喜びを感じる事なんてなかったもの。

くよくよと 悩みなさんなガン友よ 死ぬ時までは 生きていられる(短歌) 

点滴や薬はいらない。人間らしく逝きたいの。

お風呂に入って死ねたら天国だ。

会えてよかったよ。もう会えないかと思ったよ。
ありがとう。ありがとうが言えてよかった。

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